はじめに閲覧されるべきもの

大切なことを書いたり、書かなかったりします。

死ぬ気でやっても、大抵は死なないから大丈夫

僕は、受験勉強を肯定する。


勉強しなかったことを後悔することはあっても、
勉強しすぎたことを後悔することはない。


僕はちょっと後悔している。
どこか超すごい大学を卒業していたら、もっとモテたかもしれないなぁ、と。
今頃、人気ブロガーになって、毎日65535件くらいファンメールが届いてたかもしれないなぁ、と。


今考えれば、
受験勉強なんていうのは、
教科書に書いてあることを覚えて、
試験の時にそれを書けばいいという、
すごいシンプルなお仕事。


おまけに、その成果を得れば、そこそこの報酬が得られるような社会的ルールになっている。


サルの実験に使う、ボタンを押したらエサが出る機会のように、
こんなにもフェアで、解りやすく、努力するための対象が明確になっている場面に、
僕は今まで生きてきて、二度と出会ったことがない。


勿論、この社会的ルール自体にも問題があって、
それは他の社会的ルールと密接に絡んでいるせいで、
これを変えようと思ったら、
この社会的ルールに素直に従って、
政治家にでもなるのが一番の近道というおまけつき。


だけど、当時にしてみれば、
センター試験の時の1点2点があたかも自分の人生を左右ような錯覚を持っていたけど、
今となっては自分の人生にとって、
何の影響力もなかったことを実感する。


自分がセンター試験で何点とったのかはまったく覚えていないけど、
そのとき勉強したこと、遊んだこと、恋愛したこと、
そういった事実は体に焼き付いて覚えてる。


小さい頃に財布を無くしてショックだったこととか、
衝撃を受けた料理の味とか、
ちょっと部活をさぼったこととか、
変な女の人にホイホイついていったこととか、
印象に残った変な映画とか、
初めての海外旅行で見た美しい景色とか、
出会ったかけがえのない友だちとか、
人生の舵を切るのは、
心の中の情熱が揺らいだちょっとした油断であることが多い。


僕は、受験勉強を否定する。


人生なるようにしかならないので、
リラックスしていこう。


がんばれ!受験生。