はじめに閲覧されるべきもの

大切なことを書いたり、書かなかったりします。

Everything you’ve ever dreamed - 君が夢見た未来


本当にありがとう。さようなら。
言えなかった、1000の言葉。


過去は過ぎ去り
未来は未だ来たらず。
時間は留まることなく水洗便所のように流れ
新規書き込みは一瞬のうちに過去ログになる。
熱力学第二法則は僕らに厳しく
僕らに優しい。


毎朝昇る太陽の光に目を覚まし
だいたいおんなじ毎日
そいでまあまあそれなりOK。
流れる景色を必ず毎晩見て
家に帰ったらひたすら眠るだけ。

for (int i = 0; i != 1.1; i++) {
	もう何度となく、夜眠りにつき、夢を見た後、朝起きることを繰り返してきた。
}


だけど
朝、起床して
自分が突然犬になっていたり
ラモスになっていたり
乳首がBボタンになってたりしたことは
未だ一度もない。
カガクでは説明出来ない超カ自然的な何かのチカラで
そういったことが1回くらい起きても良さそうなものだが
僕の場合は今の所、1回もない。
朝起きたら全然知らない駅で目が覚めたことは、ある。


この世界は、とても良心的に
それなりに定められた物理法則に従って忠実に動いてる。


ときどき200年に一度の大地震に見舞われて、
日々の生活が激変することもあるけど。



未来は未だ来たらず。
されど将来は将に来たらん。


エンジニアは、カガクという名の宗教に殉じている。


光学機器モジュールが提供するカメラ機能に対して
100万回に1回であっても霊的な何かが写り込むことは認められない。


携帯電話や液晶テレビを初めとした無線機器は
例え霊的な磁場があったとしても
定められた無線環境下において0.01%の情報欠損も許されない。


シャノン先生が20年も前に説いた定理に
未だ一片も逆らうことができない。


自動車やバイクといった人の生死が関わる機器に至っては、
更に2桁上の設計精度が求められることは想像に難くない。


200年に一度の大地震だって
大昔に解明されたプレートテクトニクスに従って
起こるべくして起こった取るに足らない地殻変動なのかもしれない。


僕が小学校の2年生だったある日、家に帰ると玄関に子犬がいた。
初対面にもかかわらず、そいつはぶんぶんと尻尾を振っていた。
保健所で殺処分される前の小犬を、僕の両親が貰って来たらしい。
ラブラドールレトリーバーのような顔だけど、
キツネのように尻尾がふさふさした変な雑種だった。
盲導犬らしき血が少しは入っていたのか、
ほとんど吠えない奴だった。
ぶんぶんと尻尾は振っていた。


僕にとって、彼は親友だった。
ボールを投げると、どこまででも取りに行った。
川もガンガン泳いで、僕を追いかけてきた。
毎日、日が暮れるまで一緒に遊んだ。
一番の遊び相手だった。


中学生になり、散歩の時に引っ張られることも無くなった。


高校生になり、彼との散歩は受験勉強の息抜きになっていた。


大学生になって僕は地元を離れ、実家に戻ることが少なくなった。
それでも彼は僕が帰ったときには大騒ぎで迎えてくれた。
ふさふさの尻尾を、ちぎれそうなほど振って。


僕は交通事故にあった。


僕がバイクで直進している所を
駐車場から飛び出してきた軽自動車に横から衝突され、飛んだ。
まるで脳内がクロックアップされたように周りの景色がゆっくりと流れ、
時間が過ぎるのがネオジオCDのロード時間のように長く感じられた。


電力会社に勤める女性の脇見運転だった。
僕のバイクは停止中で無かったにも関わらず、
法的には僕の過失はなく10対0で保険処理された。


僕は救急車で運ばれ、緊急手術となった。


手術直後のお医者さんは
『大丈夫!?大丈夫!?』
と僕を叩いて起こした。
そのときの眠さはハンパなくて、
全身麻酔ってマジすげぇ』
と驚いたことを、今でも覚えている。


その日の晩は、救急治療室で過ごした。
夜の救急治療室は、到底眠れるような場所ではなかった。
急患が夜通し運ばれてきた。
右隣の患者は一晩中『痛い、痛い』と呻いており、翌日、足を切断していた。
左隣の患者は、その日のうちに亡くなった。


集中治療室から、一般病棟に移動し、治療を続けた。
友達はお見舞いでメロンを持ってきてくれたが、僕はまだ食べることが出来なかった。
手術後はずっと点滴生活だった。
全粥から七分粥、五分粥、三分粥へ。
病院の売店で購入した『ごはんですよ』の容器が空になるころ、
僕はやっと御飯を食べられるようになった。
あの日の感動を
僕は一生忘れないと思う。


あと尿道から管を抜いたときの激痛も
僕は一生忘れないと思う。


1ヶ月後、僕は退院した。


1ヶ月ぶりの外の空気は美味しかったし、
味気ない病院食以外の物を食べるのが何より楽しかった。


心配をかけた両親に会うため実家に帰ったとき、
彼は迎えにきて来てくれなかった。


あれ?


後に、両親は、僕に教えてくれた。


ちょうど1ヶ月前のあの日。


僕が、事故にあって、緊急手術を受けたあの日、
彼は、僕の親友は亡くなったのだと。


僕は親友の死に目に会えなかった。


僕はこの出来事をほとんど他人に話したことはない。


カガク的に考えて、寿命だったのかもしれない。
カガクという名の宗教下において、
何も不思議なことはないし、
スピリチュアルな意味など何もない、


僕は親友の死を観測していない。
物理的にも、論理的にも。


彼を構成していた酸素も、水素も、炭素も、窒素も、
何一つ失われていない。


カガク的に考えて何の変哲もない単なるの日常のヒトコマは、
今でも僕の心に宝物のように残ってる。


僕がこれから過ごす時代は
後の日本の教科書では『震災後』と呼ばれる時代なのかもしれない。


思えば、荒廃・疲弊していた敗戦後の日本は
社会システムの激変と共に驚くべき早さで復興し、
飛躍的な経済成長を遂げた。


その後、バブルが崩壊し
不況は長引き
総理大臣は何度も交代し
日本は尻尾を振るべき隣国を探し
先の見えない社会の中で停滞していた。


止まっていた日本人の時計の針が、今、再び動き出す。


皮肉にも、今後、復興の名の元に
東北地方の土木・建築には大量の資金が流れ、
バブルが発生することになるだろう。


一方、関東圏では逼迫したエネルギー問題に対し、
何らかの回答を出すことが急務と言える。


少なくとも、悲観的になることばかりじゃない。
僕の親友が過ごすことができなかった時間がそこにはある。
僕はその時間を体験できる。


他に、何も望むべくもない。
生きてるだけで、丸儲け。


もし、死後の世界などという非カガク的な世界があるのであれば、
こんなに楽しみなことはない。
僕は、焦らないで老後の楽しみとしてとっておきたいと思う。


親友のふさふさの尻尾に、再び触れる日を夢見て。