はじめに閲覧されるべきもの

大切なことを書いたり、書かなかったりします。

幸せは手を広げて求めるものではなく繋いだ手の中に生まれる


ありがとう。君に会えて、本当に良かった。


例えば
車をどこかにぶつけてこすってしまった人。
買ったばかりの携帯電話を床に落として傷つけてしまった人。


そのときはしばらくショックを受けるかもしれない。


『大丈夫。
大抵のことは、10年たったら笑い事。
10年たった後に気にならないようなことは
クヨクヨするだけ損だよ。』


僕は、いつだってそう言っていた。


僕の好きだった人は
いつも太陽のように笑っていた。


僕は月を見ながら
外で電話をするのが好きだった。


『大丈夫。心配いらないよ。』


僕は、いつものように彼女にそう言った。


彼女、といっても、
僕は、その人の彼氏では無かった。
平たくいうと、交際関係になかった。
もっと平たくいうと、数か月前にフラれていた。
(…すいません。)


ポジティブな言葉は人を勇気づける、と思っていた。
誰かを救えるんだと、信じてた。


体育祭のスローガンのように
応援は絶対的な善行のはず。


がんばろう。
ひとつになろう。
信じてる。
負けないで。


公共広告機構だって、24時間テレビだって、そう言ってる。
ノーリスクの魔法の言葉。
友達だって増える。


僕も、そんな風に思っていた。


数日後の夜
その日は月が見えなかった。


『…お父さん…死んじゃった…』


電話先の彼女は、泣いていた。


等価交換の原則の中では
救いの言葉にも業は宿る。
誰かを救った分だけ誰かを呪う。


『大丈夫。心配いらないよ。』


だなんて
僕は何の根拠があって言ったんだろう?
医者でもないくせに?
ただの気休め

優しい嘘?馬鹿な。



とは何だ?
僕は彼女を勇気づけたか?
それが自己満足ではないという証拠が?
それに何の価値が
一体、何の権利があって?
彼女に甘い期待をさせて?
落胆させて?
欺瞞?


『まじない』も『のろい』も、漢字で書けば等しく『呪い』。


『お父さんに逢いに来て欲しい…。』


電話の向こうで
消え入りそうな声で
彼女が発した言葉を
僕は聞いた。


やっと朝が訪れた。


僕はスーツと黒ネクタイを引っ張り出し
早朝5時の始発に飛び乗った。
新幹線と電車を乗り継いで7時間。


時間の流れは曖昧で
一瞬のようにも
永遠のようにも感じられた。


漫画「岳」の主人公 島崎三歩は
初めての山岳救助のとき
遭難者を背負いながら
こんな感想を述べていた。

山に入る前にスパゲッティを食い切れない程食べていて良かった。
遭難者を背負える力があって本当に良かった。


僕は、僅かばかりの自由に使えるお金が手元にあって良かった。
すぐに何処にでも行けるような健康な体があって良かった。
大切な人のために駆けつけられる時間を持っていて良かった。


揺れる電車の中で
それを繰り返し、繰り返し、思っていた。


客観的に考えてみれば
彼氏でも無い男が
始発に乗って
片道7時間かけて
日帰りで
突然スーツ姿で
彼女の親族一同の揃う場所に顔を出しに行く
謎のがんばり物語。


それでも
このときの僕が
損得を判断基準にして
義をおろそかにしないでいてくれて
本当に良かった。


電車は、街に着いた。


数年前にも同じ場所で
同じ景色を見ていた。


僕は帰ってきた。


初めて彼女と手をつないだのはこの街だった。
だけど、その日の彼女の顔には
あの太陽のような笑顔は無かった。


僕は彼女の家に行き
布団に横たわる彼女の父に
遅すぎる挨拶をした。


初めまして。


まだまだ一人前ではないけれど
僕はやっと社会人になりました。


挨拶に来るのがあまりにも遅すぎたことを
既に自分には彼女を守る権利が無いことを
御霊前に詫びた。


僕は初めて作った名刺を喪主である彼女の母親に渡し、
一緒に火葬してもらうよう、願い出た。


僕の手はずっと震えていた。


ずっと震えていた。


初めて彼女と手をつないだこの街。
別れ際、彼女と握手をし
やがて
その手を離した。


つないだ手を
何度かつなぎ直してきたけど
それが最後だった。


彼女の顔に
太陽のような笑顔を戻す
その術が見あたらなかった。


彼女の涙を
悲しみを
留めることが出来なかった。


彼女の手をとるその権利さえ
既に失っていた。


それでも自分が側にいてあげる?
それが彼女にとって良いことなのかどうか
僕には判断も出来なかったし
それを確信できるだけの関係性を
僕には保持できていなかった。


なんという、無力か。


仮に、その瞬間から4年の時を遡り
初めて彼女と手をつないだあの日にもう一度戻って
僕が同じ時間をやり直したとしても
その状況を好転させることが出来ただろうか?


僕にはその自信さえ無かった。


僕の手は大切なものを落としすぎていた・


僕は結局何も持っていなかった。


思えば
40時間以上ずっと眠っていなかった。
帰りの電車のことも
その後のことも
僕は全く覚えていない。


嗚呼、これが夢の続きだったなら。


世界とつながっていた手が
突然、離れてしまうことがある。


僕らは誰だって明日にでも死ぬかもしれない。
本当はそんな中にいる。


ギリギリの世界で僕らは生きている。
誰もがそんなに強くはない。


僕を救った、一通の手紙。


それは、彼女の母親からだった。
そこには、彼女の夫への、娘への愛情が綴られていた。
そして、葬儀に駆けつけた僕への感謝の言葉。


涙がこぼれた。


その刹那
僕の見えていた景色に
色が戻った。


大丈夫。
大抵のことは、10年たったら笑い事。
10年たった後に気にならないようなことはクヨクヨするだけ損だよ。


それは逆説的に
迷いながら、間違いながら
10年後に後悔しないための選択をしつづける必要性を暗喩している。


現実という数理計画問題の中で
藻掻いて、足掻いて、
目的関数をせめて局所的最適解に収束させること。


まだ、あれから10年はたっていない。
僕は来年、答えを出せているだろうか?


僕の手が落としてきたものを拾えているだろうか?


ねえ、神様。
僕は、誰かが亡くなって涙が流れるような
感動映画は2流だと思うんだ。
人が死んでるんだもん、
そんなの悲しいに決まってるじゃないか。


願わくば
彼女にあの太陽のような笑顔を。
彼女に溢れんばかりの幸福を。
ずっと心から笑っていられますように。


厳密には、僕の幸せ度と同じか
ほんのちょっぴり不幸なくらいの度合いの幸福を
彼女に。


僕のこの手は
彼女の手とつながることはないけれど、
僕が見ているこの空が
彼女の空とつながっていることを願う。


ああ、気づかなかった。


こんやはこんなにも
つきが、きれい だ。


静寂の夜の中、そよぐ風の音はB.G.M.


映画ならさ、ここでスタッフロールだろ?


だけど
現実はまだまだ続いていく。


こんなにも平凡に。


大丈夫。
大抵のことは、10年たったら笑い事。


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