はじめに閲覧されるべきもの

大切なことを書いたり、書かなかったりします。

歴史のかたすみで

時計

■未来はすべて白紙だっていうことさ
[1995年9月25日 東京 博物館]


東京では世紀末への不安から占いや宗教が大流行していた。


街では教会の外にまで押しかける人が溢れていた。
拡声器のノイズに混じって、神父さんの声が聞こえる。


『……そのとき、悪魔の前に立ちはだかった勇敢な若者が、
我が身をなげうって、神の子の命を救ったのです。
若者は、優しく微笑み、こう言いました。
「全てが終わった。これで何もかも、元のままだ」と。』


もうすぐ21世紀。
でも、人々はそれほど新しい時代を歓迎しているわけじゃない。
相変わらず、世界のあちこちでは争いが絶えないし、
環境破壊や食糧不足はますます深刻になっている。
地球の未来は、誰が見たって不安だらけだ。


そんなわけで、迷える現代人は宗教や占いに救いを求め始めていた。
暗い世相を乗り切るには、水先案内人が必要というわけだ。
これが、不思議と当たるから、面白い。




僕も今日のTVの占いどおりに博物館にやってきた。
占いでは素敵な出会いがあると言っていたのに
まさかこんなことになるなんて。


博物館の館長さんは僕に説明してくれた。


『この絵は、私が描いた、悪魔の肖像画です。
世界中を旅して、伝え聞いた悪魔の特徴を、忠実に再現しました。』


!!!
な、なんだこりゃ、僕じゃないか。
そこに掲げられている絵には、僕が描かれていた。
僕が今着ている、ボーダーシャツを、絵の中の僕も着ていた。


これは一体どういうことなんだ?

■真実と油は必ず浮かんでくる
[1428年10月 フランス 城下町]


なんてことだ。
あの博物館には悪魔が封印されていたんだ。
僕は復活した悪魔に体を奪われてしまった。
僕は自分の体を取り戻そうと
実体のないフワフワとした状態で
必死に悪魔を追いかけて追いかけて
いつの間にか見たことのない世界にたどり着いていた。


部屋に一人、金糸で十字架を縫い取った服を着た男。
部屋の床には、大きく魔法陣が描かれている。
そのとき、悪魔が、魔法陣の中央にゆっくりと現れた。
ボーダーシャツを着て、僕の姿をした悪魔が。


それは、人間が悪魔と契約を交わす瞬間だった。




それからしばらくして…。
裁判所がある広場には、人だかりが出来ていた。
一人の老人が、裁判所の前の役人に、何か懇願している。


『お願いですじゃ。
孫娘のジャンヌは、16歳になったばかりじゃ。
あの子が魔女のはずは無い!
たすけてくれ。』


だが役人は取り合わない。


教会主導で異端者に対する魔女狩りが始まっていた。


僕が、何とかしなくちゃ。

■犬に吠えられているのが泥棒とは限らない
[1944年7月 ドイツ南部 捕虜収容所]


目を開くと、見知らぬ所に立っていた。
ここは、どこだ?
静かな夜だ。空に月が出ている。
そして、目の前には鉄条網がある…。
僕は、どうやら軍服を着ているらしい。
僕は中世ヨーロッパでジャンヌ・ダルクを助けた後、
第2次世界大戦中のドイツにタイムワープしてしまったようだ。




一方、そのころ…。
鉤十字が掲げられた部屋に、ボーダーシャツを着た悪魔が立っていた。
そして、その前には、背の低い男…ヒトラーがいた。


『これで契約は完了だ。
魂と引き換えに、わしの魔力を分けてやろう。
そして、わしも、契約をするたびに、失われた魔力が蘇る…。
全てを取り戻したそのときこそ、奴に復讐できる!』


悪魔は高笑いした。


僕は、剣とか魔法とかファンタジーのいるわけじゃない。
僕は、ノンフィクションの、歴史上の舞台にいるのに。
何故、こんなにも世界は。

■他人の不幸に流す涙ほど乾きやすいものはない
[紀元前4世紀頃 古代ギリシャ アテネ]


丘の上のパルテノン神殿
女神アテナの像の前に、悪魔がいた。


『忌まわしき女神像め。
あまりの醜さに、反吐が出るわ!』


悪魔が女神像に一撃を加えると、女神像の首が落ち、転がった。
女神像の首は、悲しそうな顔をしている。




一方、そのころ…。
僕は見慣れない草原の中にいた。
周りには、オリーブの木がたくさん植わっている。
ふと、一人の青年が僕を呼んだ。


『こんな所にいらっしゃったんですか。
患者さんがお待ちです。
早く来てください。
ニクラス先生!』


その青年はアリストテレスと名のった。
家庭教師をしているらしい。


一見豊かに見える国家の片隅には
怪我や病気で苦しんでいる人々がいた。

■時はすべての悲しみを和らげる
[1864年9月 アメリカ合衆国 アトランタ]


『俺たちは、開放されたんだ!
自由、万歳!
リンカーン、万歳!』


第16代大統領 エイブラハム・リンカーンが、
群集に向かって、演説していた。


『人民の、人民による、人民のための政治を、
この国から葬り去ってはならない!
アメリカは、自由と平等の国なのです!』




一方、そのころ…。


『起きろよ、ジョージ。』


僕の目の前には、見慣れぬ男たちがいた。
目のところに穴があいている白頭巾をすっぽりと被り、
片手にたいまつを掲げている。
白頭巾の男は笑うような声で言った。


『教えにきてやったのさ。冷たい現実ってヤツをな。』


男は部屋に火をつけた。


『何が奴隷解放だ。貴様等などに、でかいツラされてたまるか!』


もう一人の男は僕を鞭で打った。


『いいか、ジョージ。
お前は、生まれながらの奴隷だ。
リンカーンがなんと言おうと、
俺たちがいるかぎり、貴様等の好きにはさせん。
よーく覚えておけ!』


『南部から出て行こうと思うな。
一生を俺たちのために捧げるんだ、解ったな。』


これも悪魔の仕業なのだろうか?
それとも。

■疑問はあらゆる知恵の鍵になる
[紀元前4年頃 イスラエル ナザレ]


『なあ、カシム!
昼寝してないで起きてくれよ、カシム!』


誰かに体を揺すぶられる。
僕は目を覚まして、立ち上がろうとする…が、
アレ?
何だ、この感じ…。


うわっ、僕、ロバだ。


『なあ、カシム、俺の悩みを聞いてくれ。
実は、許婚のマリアが、その…子どもを、身篭ったらしいんだ。
でもな、神様に誓ってもいいが、
俺は彼女の手すら握ったことはないんだ!
マリアは、天使が夢の中に現れて、
神の子を身篭ったというお告げを聞いたそうだ。
でも、そんなことあると思うか?』


ここは、白い漆喰を塗った家々が立ち並ぶ田舎町、ナザレだ。
ロバである僕に話しかけている男はヨセフという名前らしい。


そして、数ヶ月経ったある日のこと、
僕は、やっぱりロバだった。
でもロバの生活も悪くない。
干し草は、思ったよりおいしいし。
うーん、適応力ってスゴイな。




一方、その頃。
夜空の星に導かれて、ベツレヘムを目指す3人の旅人がいた。


『あそこだ、急ごう。』


3人はそれぞれカスパル、バルタザール、メルキオールと呼ばれる占星術師だった。

■宇宙の力は地球を動かし、木を育てる。その力は君にもあると…
[1995年9月25日 東京 博物館]


長い時間旅行の果てに
僕は悪魔を封印し
遂に自分の体を取り戻した。


そして、やっと戻ってきた。
1995年9月25日、悪魔が出る前の、あの博物館へ。


だが、そこには、博物館はおろか、
建物というものが見当たらなかった。
地平線まで続く、荒涼とした風景。
一面に白い粉みたいなのが積もっている。
足元の白い粉を退かすと、マンホールを発見したので、
開けて中に入ってみる。


マンホールの中は、小さな部屋だった。
一体の人骨と、ノートと、一枚の絵があった。
ノートの内容を読んだ僕は愕然とした。


『もう水も食料も無くなった。外へ出る気力も無い。
いつか、誰かが私を発見してくれることを信じて、この文を残す。
30年以上も続いた、第二次世界大戦は、
核爆弾のキャッチボールでついにピリオドを打った。
我々人類は、悪魔の誘惑を撥ね退けることが出来なかったのだ。』


何てことだ。表に降り積もってるのは死の灰で、
ここは地下シェルターか。
どうしてこんなことに…。
壁に掲げられてる絵を見る。
題名は「悪魔の肖像画」。
伸び放題の髪とヒゲの痩せた男が、
白い服を着て、茨の冠を頭に頂いている。
これは、イエス・キリストじゃないか!


そうか。
あのとき悪魔は壺の中に封印されたんじゃない。
赤ん坊の中に入っていたんだ。


もう一度過去に戻らなきゃ!

■君が微笑むと太陽が昇ってくるようだ
[2011年9月25日 東京]


この物語は1991年に任天堂から発売された
タイムツイスト 歴史のかたすみで…
というゲームの内容である。


新・鬼ヶ島
遊遊記
ファミコン探偵倶楽部
の流れを汲んだ
コマンド選択型アドベンチャーゲームであり、
同時に、最後のディスクシステム用ソフトでもある。


物語の主人公は悪魔に体を乗っ取られ、
自分の体を取り戻すため、
悪魔と共に過去の世界へとタイムスリップする。
物語の舞台となる各時代では
宗教・戦争・人種差別にまつわるシリアスな話が
コミカルに展開されていく。


主人公はそれぞれの時代で
自分の肉体を乗っ取った悪魔と契約を交わす人間を目にすることになる。
それはあるときはヒトラーであったり
またあるときは魔女狩りを利用しようとする司教であったり。


プレイヤーは悪魔という象徴を通して、
いつの時代でも変わらない人間の欲望や醜さ、
人間同士の争いを目撃することになる。
そこからは制作者からの強いメッセージ性を感じざるを得ない。


そして、このゲームの最後には衝撃のエンディングを迎えることになる。
任天堂のゲームでありながら、それはハッピーエンドではない。


やっとの事で悪魔を封印し、
自分の体を取り戻しし
現代の博物館に戻ってきた主人公。
その主人公の目の前で
ちょっとした手違いによって
封印したはずの悪魔が復活してしまう。
主人公が『ぎゃー』と叫んだ直後
スタッフロールが流れてゲームは終了する。


まるで、メビウスの輪のように
歴史が繰り返されることを示唆しているように。


このゲームが発売されてから20年。
でも、人々はそれほど新しい時代を歓迎しているわけじゃない。
相変わらず、世界のあちこちでは争いが絶えないし、
環境破壊や食糧不足はますます深刻になっている。
地球の未来は、誰が見たって不安だらけだ。


だけど。