はじめに閲覧されるべきもの

大切なことを書いたり、書かなかったりします。

こどもと雨と雪

目黒じゃないほうの千と千尋の神隠しホテル。


TV番組で視聴率を集めようと思ったら
『こども』『動物』『イケメン』『食べ物』
を使えばいいと言われている。


ここに『こども』と『動物』が同列に並んでいることが
僕はすごく不思議に思う。


TV番組で『動物』がでてきたときに
「かわいい〜」
という。


TV番組で『こども』がでてきたときも
「かわいい〜」
という。


『動物』『こども』を同じような目線で
「かわいい〜」
と感じることに対して、僕はやや抵抗を覚える。


僕は『はじめてのおつかい』のような番組が苦手だ。


こどもがおつかい業務を命じられ
その課題をこどもなりに解決しようと振舞っている姿を
隠しカメラで覗き見ながら
応援する気持ちでお茶の間から鑑賞する。


応援する気持ちとは、つまり、
こどもを自分よりも下等な生物として見下しているからこそできるのではないだろうか。


ひょっとして一昔前のおバカタレントブームにおけるクイズ番組と同じではなかろうか。


これは、こどもの健気さと、無邪気さ、
それからTVの向こうに無条件の優越感を感じるためのエンターテイメントではなかろうか。


僕は『はじめてのおつかい』のような番組を観ると
日本人のおっさんが外国人にロシア語で話しかけられてオロオロしているのを
ロシア人が笑いながら鑑賞しているような錯覚を覚える。


僕は、こどもをこども扱いすることができない。
まるでタモリさんのように、こどもをこども扱いすることができない。


僕は、こどもを一人前の人格として尊重したいと思ってしまう。


いわゆる、DQNネームと呼ばれる奇抜な名前をつけてしまうのも、
こどもをこども扱いいしすぎるゆえではないだろうか。
自分のこどもに光宙(ピカチュウ)くんとつけてしまう理由は
自分の赤ちゃんが、ずっと赤ちゃんのままだと誤認識しているからではないだろうか。


赤ちゃんだった光宙(ピカチュウ)くんもやがて成長し、
ひとりで歩けるようになる。
中学校に行き、高校に行き、恋をする。
成人して、大人になる。
家族を持ち、会社でもそれなりの役職についたりする。
そして確実におっさんになる。
僕らは皆、平等におっさんになる。


決してずっと赤ちゃんでいるわけじゃない。
いつか光宙(ピカチュウ)くんから雷宙(ライチュウ)くんに進化するわけじゃない。


こどもがこどもであることをアドバンテージにできる時間は短い。


僕はときどき、ふと思う。


昔、TV番組で見かけたスーパー小学生や天才そろばん少年が
今も変わらずにスーパーおっさんや天才おっさんになっていることを切に願う。